Exitマルチプルとは

一言でいえば、「Exit(売却・上場時)に市場が許容しそうな倍率を当てて企業価値を見積もる考え方」です。対象のKPI(売上、EBITDA、ARRなど)に同業他社の倍率を掛け、出口時点のEnterprise Value(事業価値)を求めます。
背景には、不確実性の高い将来キャッシュフローを細かく積み上げるより、市場の実勢倍率に合わせて“終価(Terminal Value)”を置くほうが説明しやすい局面が多いことがあります。スタートアップの実務では、DCFの終価計算VC法での逆算(出口価値→現在の評価)買収・上場時の相場観の共有などで使われます。重要なのは、一点ではなくレンジで扱うことです。

どんな目的で使う

主目的は三つ。
第一に、資金調達やM&Aの交渉軸を作ること。たとえばSaaSならEV/ARR、収益化が進んでいればEV/EBITDAで「5年後にこの水準なら…」という着地点の仮置きができます。
第二に、事業計画の現実性検証。売上成長率・粗利・継続率などのKPIから5年目の指標を出し、同業レンジの下限〜上限を掛けて出口価値を幅で試算します。
第三に、投資家の期待回収との整合。出口価値から逆算して、現ラウンドのプリ/ポストの妥当性や希薄化を点検します。たとえるなら、目的地の地図(相場倍率)を先に広げてから航路(計画)を引くイメージです(比喩はここまで)。

近い用語との違い

ゴードン成長法(永続成長モデル)は、終価を「最終年のFCF×(1+g)/(WACC−g)」で置きます。Exitマルチプルは市場倍率を拠り所にする点が異なります。
取引事例法/マーケット・コンプスは「足元の実績倍率」で同業と比較する手法。Exitマルチプルは将来年(例:Y5のNTMやLTM)の指標に倍率を適用します。
MOIC(Multiple on Invested Capital)/TVPIはファンドや投資の回収倍率
であり、企業価値の見積り方法であるExitマルチプルとは別物です。
また、EV(事業価値)に倍率を掛けるのが通例で、最終的に株式価値(Equity Value)を得るには有利子負債と現金を調整します。

規模感・目安

あくまで一般論として、EV/EBITDAは個人向け消費財などで一桁台後半〜十数倍成熟SaaSのEV/売上(EV/Sales)は数倍〜十数倍といった幅で語られることが多いです。高成長・高粗利・大市場・資本効率の良さは倍率の上振れ要因、逆に低成長・赤字継続・小市場・規制リスクは下振れ要因になりやすい。公開株式の相場循環や金利水準でレンジは大きく動き、非公開M&Aではディスカウントが付くケースもあります。
どのKPIに掛けるかも重要です。ARR/売上は成長フェーズの比較に適し、EBITDAは収益化の成熟度を反映します。ディープテックや長期開発型は、受注残や技術マイルストーンなど補助指標の併用が現実的です。

実務でよくあるつまずき
  • EVと株式価値の取り違え:負債・現金の調整を忘れて評価が過大/過小
  • 期間定義の混在:LTM(直近12カ月)とNTM(来12カ月)を混ぜて倍率を当てる
  • 比較対象のミスマッチ:ビジネスモデルや成長率が違う企業群の倍率を安易に流用
  • 一点見積り:中央値だけで決め、下限〜上限の感応度や景気局面を無視
  • 希薄化・条項の未反映:オプションプール拡張、SAFE/ノート転換、清算優先を計算に入れない
まとめ

Exitマルチプルは、市場相場に基づいて出口価値をレンジで仮置きする道具です。KPIの選定→適用倍率の根拠→EVから株式価値への橋渡しを一貫させ、キャップテーブルや条項まで数値で落とし込むと説得力が増します。
次の一歩として、①同業コンプスを3〜5社選び、成長率・粗利・規模で整合を取りつつ低・中・高の倍率レンジを設定、②5年目指標×倍率の3×3感応度表を作成、③負債・現金・希薄化を調整して株式価値レンジに変換してください。出口の“地図”を明確にすれば、現在の評価や資本政策の議論が格段にクリアになります。