CAC(顧客獲得コスト)とは

CAC(Customer Acquisition Cost)は、ある期間に投じた獲得関連費用の合計を、同期間に増えた新規顧客数で割ったものです。式にすると「CAC=獲得費用合計÷新規顧客数」。ここでの獲得費用は、広告費だけでなく、営業・マーケの人件費、代理店・制作・ツール費、イベント出展、割引や紹介インセンティブの原価相当など、顧客獲得のために実際に使ったコストを“実態”に合わせて含めるのがポイントです。
なぜ重要か。CACは成長の速度と健全性を同時に管理する座標軸になります。単に安さを競う指標ではなく、LTV(顧客生涯価値)や回収期間(Payback)と並べて、「この獲得は資本効率のよい成長か」を判断するための物差しです。

どんな目的で使う

第一に、チャネル配分の意思決定です。検索広告、SNS、イベント、インバウンド、BDR(アウトバウンド)などのチャネル別にCACを出し、限界効用が落ちる手前で予算を再配分します。第二に、価格・プラン・オンボーディングの改善判断。有料化率や粗利に効く変更を行い、同じCACでも回収が早まるなら投資の耐性が広がります。第三に、成長段階のゲーティング。シリーズA/Bでの「どれだけ燃料を入れてよいか」を、LTV/CACや回収期間12〜24か月(SaaS一般論)といった目安で制御します。
運用上は、Paid CAC(有料施策のみ)Blended CAC(全体平均)First-order CAC(初回成約のみ)、Fully-loaded CAC(人件費等も含む)の切り口を使い分けます。また、アトリビューションはラストクリックだけでなく、マルチタッチやインクリメンタリティ(追加効果)も併せて見ると、打ち手の実力がクリアになります。

近い用語との違い

CPA(Cost per Acquisition)は一般に「1件の獲得単価」を指しますが、多くは広告キャンペーン単位の指標で、人件費や固定費を含みません。CACは会社としての獲得コスト平均で、範囲が広い概念です。
CPL(Cost per Lead)は見込み客(資料請求やトライアル登録)1件あたりのコスト。顧客化までの落ち(MQL→SQL→成約)の歩留まりを掛けないため、CACより軽く見えがちです。
LTV/CACは効率の複合指標、Payback期間は「投じたCACを粗利で取り返すまでの月数」。これらと組にして初めて、健全性の議論が成立します。

規模感・目安

事業や客単価で最適値は変わります。一般論として、LTV/CACが3前後なら投資が回りやすく、SaaSでは回収期間12〜24か月のレンジがよく用いられます。セルフサーブ中心の低単価モデルは短期回収(〜12か月)を、エンタープライズ中心の高単価モデルは長めの回収(18〜24か月)を許容する傾向があります。いずれもレンジで捉えるのが前提で、市況や資金余力により許容幅は上下します。
計算の実務では、分子(コスト)に広告費・制作費・ツール・代理店フィー・人件費按分・イベント費・割引/紹介原価などを含め、分母(新規顧客)は同期間に有料化した純増顧客で合わせます。フリーミアムやトライアルが長いモデルでは、計測期間のズレ(ラグ)を補正するロジックを用意すると精度が上がります。

実務でよくあるつまずき
  • 範囲設定が恣意的で、代理店費や人件費按分を含めないまま比較してしまう。
  • 分母を無料登録にしてしまい、見かけの効率が良くなる。
  • アトリビューション窓や定義がチャネルごとに異なり、横比較できない。
  • 既存顧客や指名流入がリターゲティングに混入し、広告効果を過大評価。
  • セール割引や紹介報酬の実質コストを分子に反映せず、回収見込みが甘くなる。
まとめ

CACは、費用を削るための数字ではありません。成長に耐える配分と設計を見極めるための羅針盤です。PaidとBlendedを使い分け、LTV・粗利・回収期間と必ずセットで評価する。分子・分母の範囲と計測期間を明文化し、チャネル別の限界効用を見ながら再配分する。次に深めるなら、アトリビューション設計(マルチタッチ/インクリメンタリティ)価格とプランの最適化オンボーディングの歩留まり改善。数字の解像度が上がるほど、同じ予算で伸びる“角度”は確実に良くなります。